輪るピングドラム

廣田恵介

販売元:キングレコード
販売元:キングレコード

 幾原邦彦監督の14年ぶりのテレビシリーズ『輪るピングドラム』。昨年下半期、最大の話題作となった。その印象の多くは、「いったい、どこへ着地するのか?」とハラハラしてしまう番組の紆余曲折ぶりで形づくられている。
 最初は、もっと明るいアニメだと思っていた。ヒロインである陽毬が、謎のペンギン帽の力で蘇り、クマ型ロボットの内部から“プリンセス・オブ・ザ・クリスタル”として現れるミュージカルのようなシーンの派手さに誰もが驚き、その華麗さに心酔した。温厚な性格の陽毬が、SMチックなプリンセスに変身すると、一転して高飛車な言葉遣いになるのもグーだった。キャッチーだった。「この調子で、毎回頼むよ!」と思った。

 ところが、1クールが終わろうかというあたりで、陽毬ばかりか、すでに多くの人々がこの物語で死んでいることが明らかになる。陽毬の兄たちは罪悪感に苦しみはじめる。そして、あれだけ高邁でエネルギッシュだったプリンセスも、第12話で力尽きてしまう。その瞬間の、横顔の角度。カゲ色の入り方。これがもう、絶品。切ない。
 某誌で記事を書かねばならなかったので、この第12話は何度も見た。だけど、いつもAパートで見るのを中断してしまう。Bパートは、もっと辛いからだ。陽毬の兄である冠葉は、第1話のときのように、プリンセスから魂(のような赤い球。ここでは魂と呼ぶ)を抜いてもらおうとする。そうすれば、陽毬=プリンセスは再び蘇ってくれるかも知れない。ところが、息もたえだえにプリンセスは言う。「……あれは、恋みたいなもの。初めてのキスのようなもの。一度きりしか効かぬ……」。美しい。このセリフ。どうして陽毬がペンギン帽で蘇ったのか、どうして冠葉の魂を引き抜いて生きながらえたのか、一切の説明はない。しかし、そんなことは関係ない。恋なんだよ。初めてのキスなんだよ。やり直せないだろう、それは。震えるね。一回きりの、契りなんだ。

 冠葉の情熱に負け、プリンセスは、いつもの決めゼリフを言う。「生存戦略、しましょうか……」。しかし、力はない。プリンセスの衣服が、床に落ちる。背徳的でエロチックで、でも悲しいんだ。魂をつかまれた痛みに、冠葉は悲鳴をあげる。悲鳴をあげて、プリンセスの裸に抱きつく。だが、2人を包んでいた赤い光は、少しずつ弱まり、ついには消えてしまう。冠葉の魂で延命しようという試みは、失敗したのだ。

 静寂のときが訪れる。冠葉とプリンセスは、手と手を握り合っている。物語はまだ続くが、これは別れのシーンだ。誰もが知っている、恋の終わりだ。
 十年以上も沈黙していた幾原邦彦という人が、その長い年月の間に、いったい何を失ったのか、僕は思いをはせる。『輪るピングドラム』は、喪失の物語。何度でも言うが、この第12話のカゲ色は美しい。冷えていく体温の色だ。逃げ去っていく恋の色だ。失えば失うほど、その美しさが心に染みる。

 キャラ表に似てようが似てまいが、その回だけカゲ色が違っていようがどうだろうが、そんなことはどうでもいい。ただ、思いが強く伝わりさえすればいいのだ。

作品データ

【スタッフ】監督:幾原邦彦 原作:イクニチャウダー キャラクター原案:星野リリィ シリーズ構成・脚本:幾原邦彦・伊神貴世 キャラクターデザイン:西位輝実 アニメーション制作:ブレインズ・ベース

【キャスト】高倉冠葉:木村 昴 高倉晶馬:木村良平 高倉陽毬:荒川美穂  荻野目苹果:三宅麻理恵 多蕗桂樹:石田彰 時籠ゆり:能登麻美子 夏芽真砂子:堀江由衣

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著者プロフィール

廣田恵介(ひろたけいすけ)

 1967年生まれ、東京都出身。アニメ・ムックからグラビア誌まで何でも手がける、フリーランスの文筆業。