白蛇伝

池田憲章

販売元:東映ビデオ
販売元:東映ビデオ

 東映動画の記念すべき長編漫画映画の第一作で、幻想的な中国の民話を原作にして、白蛇の精である美しい娘の白娘(パイニャン)とやさしい青年許仙(シューセン)のラブ・ストーリーを描くファンタジー作品だった。

 この作品は企画時から香港の映画会社にセールスを仕掛けていて、アジアなら誰でも知っている『西遊記』『水滸伝』『白蛇伝』の三つの侯補があったという。内容が検討され、『西遊記』は中国製の有名なアニメ『西遊記・鉄扇公主の巻』(1941) があり、『水滸伝』は殺伐な戦いばかりだし、一番ロマンティックな素材として『白蛇伝』が選ばれた。

 画家の岡部一彦がキヤラクターとストーリー構成を監修し、舞台美術の橋本潔が背景面やカラー設計と美術面を監修、中国の風俗考証には、国立科学博物館中国美術の杉村勇造博士が協力、服装、小道具、建物を指導した。 依頼した脚本が上がらず、演出の藪下泰司監督がストーリー構成から見せ場の個々のシーンを絵コンテ化して、原画作業がバラバラに始まるという不本意な作り方で製作が始まっていった。

 初の長編のため、俳優に衣装を着させ、アニメーターにスケッチを起こさせ、テスト撮影をして、動きの参考にしていた。白娘役はニューフェースの佐久間良子、許仙役は水木襄、少青役は子役の松島トモ子、法海和尚は進藤英太郎と、この時のスナップ写真も現存している。少青がパンダやミィミィと踊るシーンでは、松島トモ子がせんすを手に踊るシーンを撮影、動きの参考フィルムを作っていた。アフレコは、芸達者な俳優の森繁久弥と宮城まり子(オープニングの宮城まり子の語るような歌にこめられた哀せきの情があふれる曲想は、この作品の魅力とは何かをはっきりと伝えてくれる)がふたりだけで5日間で行なったのだが、この踊りのシーンはふたりのノリにノルアドリブのセリフ満載だった。

 パンダはアニメーターの森康二が写真だけを見てデザイン、レッサ一パンダのミィミィ、街で意気が上がっているグレン隊の豚の親分に、ガチョウの姉ゴ、イタチ、ネズミと全編にコメデイ・リリーフとして漫画映画らしい楽しさを生み出していた。(やがて、空へ竜で飛ぶ踊りのシーンとケンカ・シ一ンが双壁か。擬人化された表現や、仕草の表現力がすばらしい)

 東映動画は、1956年8月1日、日動動画を吸収して設立。わずか23人だったスタッフは、1957年1月に東映撮影所脇に3階建ての新スタジオを建設、新人を募集して、100人を越える人容となる。40人の動画スタッフは2ヶ月の養成を経て、『白蛇伝』に参加し、7ヶ月で8万4千枚の動画を完成させるのである。原画は大工原章、森康二のわずか二人で、よくぞ完成した労作であった。

 音楽は『カルメン故郷に帰る』『二十四の瞳』の木下忠司が弟子の池田正義、鏑木創と手がけ、胡弓の哀しい白娘のメロディーと横笛の許仙のデュエット(同素材の東宝の『白夫人の妖恋』よりもこの音楽設計は効果があった)、祭の民衆のエネルギーあふれる喧騒、クライマックスの妖術のスペクタクル音楽と、たぎる白娘の心を表すメロディーと、波乱のラブストーリーの美しさ、神秘さをその多彩な音楽で支え続けていた。

作品データ

【スタッフ】脚本・演出:藪下泰司 美術:岡部一彦、橋本潔 音楽:木下忠司

【キャスト】声優:森繁久彌、宮城まり子

 1958年

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著者プロフィール

池田憲章(いけだのりあき)

 1955年生まれ、埼玉県出身。アニメ・特撮評論家。このジャンルにおける草分け的な存在で、東宝特撮作品、円谷プロ作品、東映ヒーローもの、海外ドラマ等、さまざまな分野に関する膨大な知識を誇っている。